2011年1月21日金曜日

第3回 山小屋で働く人々


 私は山小屋で夏を過ごすようになってから、普段の東京での生活では、あまり山には行かなくなってしまいました。なんというか、1ヶ月以上、山でのんびり過ごすと、山への欲求はある程度それで満たされてしまうようです。下界ではもっぱら、毎日の水泳と自転車、ランニングで体力づくりをしています。水泳、自転車、ランニングは山登りと一緒で、有酸素運動になるので、心肺機能を高めるっていう意味では登山のトレーニングになるのですが、やはり重い荷物を背負って登る登山は、関節や筋肉に大きな負荷がかかるので、出かける前に、実際に山に登って、少しでも山用の体をつくっておいたほうがいいと思います。僕の場合は山小屋行きの数ヶ月前から、月1~2回程度、奥多摩や丹沢、八ヶ岳あたりに歩きにいくようにしています。山小屋バイトで小屋に入る時は、高天ヶ原山荘みたいに、まるまる2日間歩かないといけない場所もありますしね。それと男性なら30Kgの米袋くらいはやはり持ちあげられないといけないので、筋トレも少しするようにしています。



■山小屋の防寒対策



 そうそう、標高の高い山って、やっぱ夏も涼しいんでしょ?ってよく聞かれますが、シーズン中の山小屋ってどれくらいの気温だっけと思い出してみると、標高2400mくらいの小屋で、繁盛期の7月中旬〜8月中旬で、朝晩は3度〜8度、日中で、10度〜20度くらいです。しかし、8月下旬ともなると急に気温も下がって、時には氷点下まで冷え込みます。初めての人だと、夏山ってことで、薄手のフリースくらいしか持ってこない人がいますけど、実際はかなり寒いです。僕はいつもフリースのほかに防寒服として、薄手のダウン・ジャケットや、化繊の綿入りのベストを持っていきます。いわゆる、インナーダウンとか呼ばれているものですが、軽くてかざばらないので、重宝しています。先日は、釣りや、沢登りも考慮して、水にぬれても防寒性能が変わらない、パタゴニアのナノ・パフベストを買い足しました。ダウンは水に濡れると、保温性なくなりますからね。2016年には、ナノエアー・ベストを追加購入しています。

 山小屋では、夕飯の片付けが終わってから、バイト同士でお酒を飲む機会も多いのですが、小屋はどこも9時には消灯。高天ヶ原にいたっては、8時に消灯です。お客さんは疲れていて、夕飯後、すぐ寝てしまうので、しーんとした中、ちょっとの会話でも小屋中筒抜け・・・山小屋って防音性ってぜんぜんない作りのとこばかりなんですよね。たいていは小屋の中で飲んで喋っていると、お客さんに 『あの~、うるさくて、眠れないのですが?』とやんわりと怒られるはめに・・・なので、しょうがないから、外にお酒を持って行って飲むこともあります・・・他にも、みんなで夜の散歩にいったり、小屋によっては、電話をかけに裏山に登ったりと、気温の下がる夜に行動することも多いので、防寒対策はぬかりなく! 靴下なんかは、強暖かくて、強くて、汚れない、臭わないw のメリノウール製が一番です。



■山小屋で働く人々

 さて、話は変わって、今回は、山小屋で働いている人達についてお話しようと思います。どこの山小屋にも、持ち主(オーナー)がいて、その下に、各小屋(複数の小屋を経営している場合)を管理している小屋番(支配人と呼ぶところもあります)といわれる人がいます。まあ、旅館の番頭さんみたいなものです。オーナー=小屋番のこともありますが、たいていは別です。小屋番は小屋開けから小屋締めまで常駐し、バイトを率いて小屋を切り盛りする人で、その小屋のお金の管理や、荷揚げする物の発注なんかを取り仕切ります。年齢的には、20代~70代まで様々。  山小屋のオーナーは普段は下の事務所にいて、ハイシーズンだけ登ってくるというパターンも多いです。まあ、オーナーはお殿様みたいなものなので、逆らいようがありません(笑)。今のアルプスの山小屋のオーナーの方々は、年齢的には70代前半の方が多く、現在の山小屋文化を、ある意味、掘っ立て小屋時代から今の状態まで、築きあげて来た方達なので、どの方の話もとても興味深いです。もし、同席する機会があったら、昔の苦労話とか失敗談とか聞いてみるといいですよ。楽しい話を一杯聞かせてもらえます。ある小屋のオーナーは有名な山岳写真家でもあるので、写真の助手を連れて、7月中旬〜8月中旬くらいまで小屋に滞在し、天気が良ければ助手と一緒に朝から、夕方暗くなるまで写真を撮りにでかけ、夜は登山雑誌や山岳写真関係の常連さんや、行政関係の方々をもてなすのが一日のスケジュールです。でも、この方なんかは、特別な例で、たいていはオーナーといっても、ごくごく普通の方々です。 しかし、この山小屋オーナーさんたちも、年齢的には70歳をこえる方も多く、現在は新旧交代の時期に入っていて、3代目の30代位の方が実質的なオーナーというか、実務責任者であることも多くなってきています。アルバイトも年齢がある程度いっていると、考え方の違いとかで小屋番と衝突することもよくあるし、実際、男性の場合はきつい肉体労働もあるので、年齢的には35歳くらいまでの方という言い方でバイトを募集している小屋が多いのですが、実際は40代~60代の方で働きにこられる方もたくさんおられます。でも、台所仕事が全くできないとなると、厳しいので、包丁さばきと、料理の基本くらいは練習してから小屋入りしたほうがいいかと思います。

 で、その、オーナーがいて、小屋番がいて、私達アルバイトはその元で、働くことになります。シーズン中の人の流れでいうと、北アルプスのある小屋を例にとると、小屋番と長期のバイト数人が、雪がまだ深く残る4月末に小屋入りし、小屋の周囲を雪かきしながら、GWに山スキーのお客さん達を向かい入れます。GWを過ぎるとお客さんもすくなくなるので、登山道の整備にでたり、小屋の中を整理したり。その後、6月下旬ころに中期のバイトが参加し、その年のコアとなるスタッフが揃います。そして、海の日あたりから本格的な登山シーズンに入ります。7月中~下旬には学生等の短期のバイトも加わって一番登山客のの多い、8月の第1週~お盆を乗り切り、やっと一息つけるようになります。この頃から、短期のバイトは、順次下山していきます。

  

 実際に山小屋で働くとなると、なにせ長期の共同生活になるので、他の人とうまくやっていけるかというのが一番重要です。というか、やっていけないで、問題を起こせば、結局は山を降ろされるか、グループ内の他の小屋に異動ということになってしまいます。では、山小屋にアルバイトに来る人は、どんなタイプの人たちが多いの? っというと、これははっきりいって色々な人がいますとしかいいようがありません。年齢は20歳前後〜70歳まで様々。男女比でいえば男性のほうが多いですが、女性もたくさん働いています。 昔は大学の山岳部の学生が主力だったらしいのですが、今はワンゲル含めても学生はそれほど多くはありません。意外と登山に精通した人は少なくて、なんとなくって感じで来る人も多いんです。人数的に多いのは、20代前半〜30代半ばくらいまでの男女で、学生やフリーの方、もしくは、一時的に仕事についていない状態の方で、職探し中の合間に、好きな山で働いてみたいという人も多いです。意外と多い看護師さんなんかはこのタイプですね。あと、写真家や画家など、自分で時間をやりくり出来る人たちも結構働いています。そのまま数年続けて働いて小屋番になったり、女性だと厨房の責任者になってその後も数年間~数十年働くことになる方もいます。

 私のように普段は自営で仕事している人もたまにいますけど、どちらかというと珍しい例かな。そういえば休職中の歯医者さんとかも過去にはいましたね。後は、子育ての終わった主婦の方もいますし、元々山好きで、一度山小屋で働いてみたかったと、定年後に働きにこられる方もいます。なことで、ほんと、山小屋で働くひとは年齢も経歴も様々なのですが、共通項としては、基本マイペースで自然好き、旅好きな人が多く、世界中旅してきたという人も多いですね。

 それと、以前その小屋でバイトをしていた人がスポット的に(お盆休みとかに)手伝いに来てくれることも多く、この人達は居候(いそうろう)と呼ばれ、懐かしい小屋の仕事を手伝いながら、山の生活をちょっと楽しんで、リフレッシュして、また下界の仕事に戻っていきます。毎年必ず来る人もいて、山では手に入りにくい食べ物(お刺身とか、パンとか)を担いで来てくれたりするので、嬉しい存在です。

 みなさん、きつい仕事とわかってて、なおかつ、山が好きで来ている人が多いので、一緒に働いているうちに、すぐ仲良くなってしまうと思いますが、大きな所は、最盛期は、バイトも20人を越しますので、なにせ騒がしいです。大人数は苦手、山奥でのんびり働きたいという人は、小さめの小屋(従業員4-5人のところ)を選ぶといいかもしれません。私がここ数年働いている、高天原山荘なんかは、まさにそんな山小屋の典型です。ほんとに忙しいのは10日間程度ですし、毎朝温泉に入れるわ、歩いて10分でフライフィッシングも楽しめますしで、まさに、僕にとっては楽園です。でも、必ずしも、小さな小屋=のんびり仕事ってわけでもなく、バイトの人数が少ないので、なかなか休みも取れず、大きな小屋より忙しかったりする場合もあります。そこらへんは実際に小屋の人や過去のバイトの人に聞いてみないとわからない部分でもあります。

 今日の写真は、黒部源流域で、雪解けの頃から、7月中旬くらいまで、川辺の斜面で採れる『あまな』という植物。さっと茹でて、川を剥いて、おひたしにしてもいいし、天ぷらにしてもおいしい山菜です。山仕事の帰りや、休憩時間の散歩の時とかにとって、従食(従業員の食事)にだしたり、お客さんにだしても喜ばれます。入山したばかりの時は、たとえば、太郎平小屋なんかでは、この『あまな』と『行者ニンニク』はシーズン初期に頻繁に食卓に登場します。荷揚げ前で野菜が不足している時期の貴重なビタミン源でもあります。

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